気候療法と健康づくり

健康や観光への関心の高まりと同時に、健康や観光の形態も年々多様化しています。ヨーロッパでは、地域資源を健康・保養に活かす取り組みが古くから行われており、わが国でも、ここ最近、地域資源を健康や観光に活かし、地域活性や交流人口増加に結び付けようとする動きが活発になってきています。

そこで、今回、地域資源を健康に活用する気候療法の概説と、わが国における地域資源を活用した健康づくりについて紹介します。

気候療法の歴史

気候療法 klimatherapie(独)とは、日常生活と異なった気候環境に転地し、受動的な気候因子への暴露および能動的な気候因子の活用による疾病の治癒、健康増進です1)。気候療法は、ドイツが発祥であり、1793年にバルト海沿岸において、1797年にはノルデナイ島で、ともに貴族階級や上流階級が海浜保養地での保養を行っていたことに始まります。1881年には、亜寒帯の海岸性の気候を活用した小児の治療が行われ、以後、山地の気候を活用した療法が発展し、1854年には肺結核を気候治療する施設の創設、1885年には、中山気候で歩行による運動療法が心臓循環障害の治療方法として導入されました。1900年頃には、患者に日光浴、外気浴が実施されていました7) 。

我が国においては、明治政府が招聘したドイツの医師ベルツが、1876年(明治9年)に日本鉱泉論(1880年)において、気候因子と温泉の関係を説き、地域の環境を管理し保養地として整備することの重要性に触れています。その後、大塚陸太郎の鉱泉気候療法論(1889年)、長尾折三の日本転地療養誌(1910年)において、気候療法とは、日常の生活環境より転地療法地に移動し、その地特有の気候、鉱泉・温泉などの、また、運動、食事の管理を行う転地療法の複数の要素の一つとして位置づけられ、該当地の気候環境(気圧、湿度、日照、風など)を人体の刺激として活用するものであると解説しています 6) 。

ドイツのクアオルト

ドイツには、連邦州が認定する療養地(クアオルト、kurort)があり、療養地ごとに適応症が定められています。認定には、大気の清浄、自然の治療剤(温泉、鉱泥、気候など)の状況、医療機関での治療効果、受入施設など百数十項目の審査が行われます。ドイツ全土には5種類の療養地あわせて274ヶ所の療養地が認定されています7) 。

クアオルト(健康保養地)では、海水治療、気候療法が主な気候療法として活用されています(図1)。さらには、ミネラル性治療、モール性治療、クナイプ療法も行われており、療養地では、気候療法士がクアドクターの指示のもと指導を行います。これらの療養には健康保険が適用できます。

ドイツ南部のガルミッシュ=パルテンキルヘンは、健康気候療法地に区分されており、域内300kmにおよぶハイキング路のうち、100kmを地理的、気象学的、生理学的に測定し、地形療法路(Terrain Kur weg)として定めています。地形療法路は、歩行速度と傾斜の関係から25Wきざみで運動負荷が設定されており、療養者の体力を考慮した気候療法を安全かつ効果的に実施できるよう整備されています。

気候療法の要素

気候療法は、生体に有害な気候環境から患者を隔離・保護し、新しい気候刺激に生体機能が反応して変調し、疾病の治癒を促進したり、健康の増進を図ったりするものです2) 。

その気候療法の主な要素は、表1に示すように、気温や湿度などの気象条件、空気、可視光線、太陽光などです8) 。

表1 気候要素の作用様式と生体作用 

1 温熱的要素(気温、水蒸気圧、日射、赤外線、風の変動)

    体温、循環、呼吸器調整機構に重要、新陳代謝への作用

2 湿度(絶対および相対湿度)

    体温、循環、呼吸器調整機構に重要、新陳代謝への作用

3 機械的・力学的要素(気圧、風速)

    とくに高圧や低圧時に循環器系、呼吸器系、造血系、自律神経系への作用、血液ガスへの影響

4 化学的要素(酸素、オゾン、炭酸ガス、テルペン類、天然および人口有害汚染物質)

    呼吸器系、循環器系、血液成分への影響

5 皮膚刺激的要素(可視光線、紫外線)

    紫外線による①紅班形成、②色素沈着、③ビタミンD形成、④殺菌作用

6 電・磁気的要素(空気イオン、電磁波など)

    自律神経への作用、セロトニン分泌作用など

7 行動生理作用(光)

    生体リズムや行動に対する作用

地形療法

地形療法とは、自然条件下において、遊歩道の傾斜、砂浜の負荷など地形の因子を活用し、一定の負荷による身体活動を行う運動療法であって、標高、傾斜、気温、気圧などを活用する気候療法の一種です。地形療法の主な適応症は、心疾患、高血圧、骨粗鬆症、気管支喘息であり、肥満、脂質異常症、糖尿病などメタボリックシンドロームの予防・改善、積極的な健康づくり、トレーニングにも利用できます。

地形療法の特長は、自然環境下での運動療法を、冷刺激、風、太陽光、可視光線、清浄な空気を利用して行い、加えて、森林療法、温泉療法、クナイプ療法、植物療法、外気浴療法などを併用することにある。例えば、森林の中でのウォーキングであれば、森林療法、外気浴療法との併用が可能で、他の要素による療法の効能も期待できます。

運動療法では、主観的運動強度の尺度としてボルグスケール(Borg scale)が用いられます。地形療法では、療法地の気温、特に冷涼な大気を刺激として活用しますので、ボルグスケールに加え、PMV(Predicted Mean Vote 予測温冷感申告)を用います9) 。

PMVは、人体の熱的快感度に影響を与える6要素(室温、平均放射温度、相対湿度、平均風速、在室者の着衣量、作業量)を変数とした快適方程式から導かれた体感指標です。主観的な温度評価は表2の通り7段階で表されます。地形療法では、主観的強度はBorg指数の11~13、体感指標PMVは「やや涼しい(-1)」と感じる強度を維持しながら運動することが推奨されます。このことを裏付けるものとして、図2のように、3週間の高所トレーニングにおいて、冷たい服装で運動を実施したほうが、暖かい服装で同様のトレーニングをした場合に比べ、最大下運動負荷時の血中乳酸値の上昇が抑えられたとしています1) 。

地形療法の実施中、PMV(-1)を維持した場合、皮膚の平均温度は約2℃低下しますが、深部体温は殆ど変化しません。地形療法を実施するためには、運動負荷や安全性を気候の変化や環境の変化に対応できるようにします。PMV(-1)の維持には、服装の対応、森林内の通過、水や風での冷刺激を活用します。

和歌山県田辺市の取り組み

我々は、2004年7月に世界遺産登録された熊野古道に着目し、歩くことによって得られる心身の健康への効果、地域住民の健康づくり、観光振興に活用することを目的に、地域資源を活用した健康効果について科学的検証を行ってきた。また、その科学データを基にして健康プログラムの開発、健康サービス産業の構築、旅行商品の開発等を行ってきました。

(1)熊野古道の健康効果検証

 木々に覆われた熊野古道の森林内は、紫外線量が、市街地に比べ50分の1と少なく歩行中の心拍数も安全範囲内です。高いクッション性と道幅が広く適度な凹凸道を歩くことで得られる効果は、平坦な市街地の公園を歩く場合と比較して、1回のウォーキング(90分~180分)の場合、大腿部の筋刺激、ストレス軽減、免疫力アップ、脳活性などの効果がより顕著で、2ヶ月間の継続的なウォーキング(1回あたり60分、週3回)の場合、熊野古道を利用したグループの方が、市街地の公園を歩くグループに比べ、大腿部筋断面積の増加、内臓脂肪の減少が有意で、その他脳活性効果、ストレス軽減効果、免疫力アップなどの効果がより高い結果となりました5)

(2)熊野の資源を活用した地形療法の実際

 熊野古道の地形療法は、熊野古道健康ウォーキングのプログラムとして地域住民、観光客、企業・団体、特定保健指導対象者などに対して提供しています。

 熊野古道健康ウォーキングは、目的別に最短で3km、最長で70kmのコースを使用する。その殆どのコースにおいて、標高差、紫外線量、歩行時の心拍数、血圧、血中乳酸濃度、血液成分、筋刺激などについてのデータを収集しており、そのデータに基づいた方法で地形療法を行っています。図7は熊野古道を用いて地形療法による特定保健指導を3ヶ月間行った結果で、腹囲、体重、行動変容などの効果が、施設内での指導に比べより効果が認められました3)。

熊野の資源を活用した療法とその効能のメカニズムは次の通りです。

①地形療法

熊野古道での地形療法の要素は、標高差、温度差、風、水刺激、太陽光、凸凹道の歩行路などです。

i 標高差

熊野古道の環境は、標高1,000m未満の低い山であり、中山気候に分類される。酸素分圧にもさほど影響がないので、呼吸も楽です。中山気候は、森林が多く、森の樹木が風や日光を遮るので、気候緩和作用があり、また、森林が空気を清浄化し、樹木からの芳香性物質が多く発生するので、心身の鎮静化、リラクゼーション効果が期待できます。

標高が1,000mを超える準高所や高所は高山気候に分類され、低圧や冷刺激、清浄な空気を心身の積極的トレーニングや、皮膚疾患治療、喘息など呼吸器疾患の治療などに活用さます。

ii 温度差

熊野古道の標高は、300m~1,000m未満であり、平地に比べ、概ね1℃~6℃ほど温度が低く、森林内はさらに2℃ほど低くなり、より寒冷曝露を受けることができます。

寒冷曝露は、体温上昇が抑えられるので、比較的楽に歩くことができ、また、エネルギー代謝の亢進が期待できます。

iii 風

風は、冷刺激として捉えると同時に、森林内の清浄な空気をもたらすことにもなり、夏場の体温上昇抑制、冬場では、冷刺激としてエネルギー代謝の亢進に役立つ。清浄な空気は、気管支疾患の予防にも結び付きます。熊野古道の周辺には、有害な排気ガスを出す工場もなく、また、交通量も少ないことから、清浄な空気のある環境であるといえます。

iv水刺激 

熊野古道でのウォーキングでは、コースの途中にある山水を数分間、腕や足に浸し、疲労回復や夏場の熱中症予防に活用しています。また、ウォーキング後には、川に足を浸し、疲労回復、リラクゼーション効果を狙って冷刺激を行っています。

冷刺激のメカニズムは、水などの冷たい刺激により、皮膚表面温度が低下し、その後、冷刺激からの解放が、皮膚表面温度の上昇に伴い、筋肉の弛緩と血管拡張が血流増加をもたらし血圧低下やリラクゼーション効果として現れると考えることができます2)。

v 太陽光

 太陽光は、ビタミンD活性による骨形成に働き、太陽光に含まれる可視光線により季節性うつ病の改善や体内時計のリセットによる睡眠周期の調整に関しての効果があり、概日リズム睡眠障害の改善に有効です。熊野古道での測定の結果、木漏れ日の中を歩くことで副交感神経に働き、リラクゼーション効果がもたらされていました5)。

vi 凸凹の歩行路

 熊野古道の多くは、石畳や木の根道などからなる凸凹道です。凸凹道は、平坦な歩行路を歩く以上に多くの下肢筋が動員され、特にハムストリングスや大腿四頭筋への刺激が多く、ゆっくり歩いても筋刺激が多く、足元を見て巧みに歩くことで大脳活性にもつながる5)。 したがって、メタボリックシンドロームやロコモティブシンドロームの予防・改善に活用できます。

②運動療法

 熊野古道での運動療法は、対象者に合わせたコースで、指導者の引率によって行われます。

 参加者は、ウォーキング前に、問診表記入、安静時血圧測定を行い、体調確認、服装・装備の確認の後、ストレッチ、皮膚表面温度の測定などを行い、無理のない速度で、史跡や植生の説明などを受けながら楽しく歩きます。歩く際には、途中、皮膚温度のチェック、PMV、Borgスケールの確認等を行います。歩いた後は、血圧測定や温泉浴、水治療などが行われます。

③森林療法

 熊野古道でのウォーキングは、森林療法でもあります。森林療法は、清浄な空気、木漏れ日、芳香物質等の影響で、副交感神経系に働きかけ、リラックス効果が生まれると考えられます。

④横臥外気浴

 森林内に間伐材を利用して作成した「森のベッド」での横臥外気浴を、熊野古道ウォーキングの途中で実施しています。横臥外気療法は、軽度な寒冷に暴露しながら静かに横たわる療法で、ストレス軽減と疲労回復効果が得られることが知られています2)。熊野古道での横臥外気浴は、篠笛演奏を聴きながら20分から30分ほど行います。。

 横臥外気療法のメカニズムは、清浄な空気の森林内での横臥浴が、副交感神経に働き、リラックス効果が生まれると考えられ、軽度な寒冷暴露が、エネルギー代謝を亢進すると考えられます。

国内の状況

地域資源を活用する健康保養は、気候療法・地形療法として、ヨーロッパ、特にドイツでは100年以上も前から行われており、質の高い滞在型の観光地、保養地の重要な要素として健康や観光に活用されています。わが国でも、温泉をはじめ地域の資源を健康と観光に役立てようとする動きが活発になってきています。日本全国には様々な気候環境、自然環境があり、その地域独自の特色ある文化、風土が存在します。したがって、それらの地域ならではの、健康や観光プログラムの確立が、地域住民の健康への貢献と来訪者増加につながると思われます。今後、多くの地域での健康保養地の推進が期待できます。

参考文献

1)阿岸祐幸.海洋地で健康づくり.みんかつ.2004.6-16

2)  Angela Schuh. 気候療法入門.パレード.2009

3)木下藤寿.熊野古道の紹介-熊野古道の魅力と健康効果-.ウォーキング研究 13, 73-78

木下藤寿.地域資源を活用した運動療法の効果日本産業衛生学会講演集.83号.583.2010

4)栗田 勇.熊野古道を歩く JTBキャンブックス.1999

5)厚生労働省・和歌山県.世界遺産を活用した『こころの空間・癒しの交流』づくりに関する調査。熊野古道の健康効果の検証報告書. 2005

6)宮地正典.「気候療法」.日本温泉気候物理医学会雑誌.74巻1号.59-62. 2010

7) 宮地正典.「気候療法」.日本温泉気候物理医学会雑誌.74巻2号.123-127. 2011

8) 宮地正典.「気候療法」.日本温泉気候物理医学会雑誌.74巻3号.207-211.2011

9)  宮地正典.「気候療法」.日本温泉気候物理医学会雑誌.74巻4号.273-276.2011